何とはなしに、話半分

男子学生の考え事などをお送りするところ。

寝息のかかるその距離に

僕は壁にもたれながら彼女と電話していた。時刻はすでに深夜の二時を回っていて、二人とも起きているのか眠っているのか音声だけでは判別がつかないほどに疲れ切っていた。

 

彼女はここ最近の数週間、仕事が上手くいかずに落ち込んでいた。僕はそれを見るのがたまらなく辛かった。僕にできることは文字通り何でもやった。東へ西へ走り回り、昼も夜も問わず頭を捻った。彼女の力に少しでもなりたかったし、彼女の負担が少しでも減るなら僕はそれでよかった。

見返りも別にいらなかった。強いて言うなら、休みの日に一緒に遅くまで寝て、パジャマのままで映画でも見ながら家でゆっくりするような、溶けたシャーベットのような一日を過ごせたら幸せだった。それもこれも、互いの仕事が落ち着くまで叶わぬ夢なのかもしれないが、夢は夢として見ている時期も楽しいものではあった。

 

僕はいつから彼女のことが好きだったのか、今でもよくわからない。初めて会った時から好きだったような気もするし、日に日に好きになっていったような感覚もある。オフィスで初めて見かけた日は、互いにほんの一瞬挨拶を交わしただけで顔や名前もほとんど覚えていなかったけど、それでも何かを感じ取っていたのかもしれない。

はたまた、いまだに彼女のことを僕はまだよく知らなくて、本当の意味では恋に落ちてすらいないのかもしれない。彼女のことを好きであろうと努力しているような状態でもあった。そうでないと、僕はまた独りに戻ってしまいそうだから。

 

彼女の家に泊まりに行った日はいつも、右肩に彼女の熱を感じながら、僕は浅い眠りとシングルベッドの狭さに苛まれながら、それでも彼女の寝息や短い髪に愛おしさを覚えていた。手を伸ばせばすぐそこに安心して眠っている彼女がいる。その事実が僕をいくらか安心させてくれた。僕は時々、彼女が眠っていることを確認するかのように彼女の肩に鼻を寄せ、目を瞑って数秒間くっついていた。じんわりと鼻先が暖かくなってくるこの感覚が、たまらなく好きだった。

 

彼女と離れている夜は、たまらなく声が聞きたくなった。電話をして耳元で彼女の声を聞いていると、驚くほどに安心して眠気がやってくる。そしてそれは彼女も同じようで、しばらく無言でそれぞれ作業をしていると、気付いたら寝息が聞こえてくることが多い。僕はそれにまた愛おしさを感じながら、彼女の眠りを確かめるように小さな声で名前を読んだ。大抵は何も返ってこずに、僕の声が虚しく電子空間をさまよう。それでも僕は、彼女が眠りにつけたことに安堵して、自然と口角が上がるのを感じた。

 

本音を言えば、いつも寝息のかかる距離で、隣で眠っていたかった。狭いベッドの上でも肩を寄せ合い、手を伸ばせば髪を撫でられ、目を開ければそこに彼女の姿がある。互いにどちらからともなくキスをして、微笑みながら再び眠りにつく。そんな時間が何よりも好きだった。

僕は彼女の寝息や寝返りを打つ音だけを耳に、明日またオフィスで会えるのを心待ちにしていた。僕が彼女よりもいつも後に寝るのは、単純に寝つきが悪い所為でもあったが、それ以上に彼女の寝息や衣擦れの音を聞いているこの時間が好きなのだろう。たとえそれが電話越しであっても。