何とはなしに、話半分

男子学生の考え事などをお送りするところ。

涼しい風が吹いたら、もし今日君に会えるなら

九月も半分が過ぎ、湿気を多く含んだ風からは秋の気配が少しずつ漂ってきた。夜になれば半袖のままでは身震いをするようなひんやりとした空気が僕の体を撫でていく。

昨日は僕の隣にいた子も、今日の僕の横にはいない。昨日の僕が羽織っていたオリーブ色のジャケットも、今日の僕の肩にはない。

僕はいつもより少し早足で、南池袋から都電荒川線の脇を抜け、目白通り神田川を横切って家に向かった。

 

僕はこういう夜が来ると、たまらなく誰かに会いたくなった。誰かに会っていたその帰り道なのに、僕は別の誰かの声を聴き、別の誰かの体温を感じたくて仕方がなかった。

僕は友人に電話をしようかと思ったけど、迷った挙句やめて近所のスーパーマーケットで買い物をした。強すぎる冷房が季節の終わりを感じさせる店内で、僕は明日の朝食を考えて気を紛らわせようとした。けれどうまくいかなかった。

 

今後、例えば来月にでも、もし僕にとって嬉しいことでも嫌なことでもとにかく誰かに話したくなるようなことがあったとして、僕はそれをあの子に伝えに行ってもいいのだろうか。彼女の住む街に行けば、その笑う顔やあるいは慰めてくれる優しさが僕を迎えてくれるのだろうか。今の僕は、突然彼女に連絡を寄越しても迎えに来てもらえるのだろうか。

久しぶりに、恋に悩む若者のような苦い葛藤が僕の胸の中に渦巻く。これが既に恋煩いであるといえるのかもしれないが、僕はこの気持ちこそが恋愛感情だという確信を持てていなかった。

 

コマ送りのように色々なことが僕の頭を過ぎった。あの店に二人で行きたい、あの坂道を二人で歩きたい、あの映画を二人で観たい、あのことを君に打ち明けたいーー

どの場面も、僕の乏しい想像力では鮮明さに欠け、随分と昔に見た夢のようなおぼろげなイメージしか瞼には映し出されない。

 

昨日や今日の夕食では酒やコーヒーを片手に楽しく談笑していられた自分が、まるでプログレッシブ・メタルの曲の七分目くらいにある朗らかなパートのように、異質なものに感じられる。

そこを過ぎてしまえばまたおどろおどろしい音が鳴り響き、僕はそれにつられて再びぎこちない毎日に戻るのだ。

 

せめて夢の中では、長くもない夢の中ではこんな世界があってもいい。

ーー仕事帰りに君が住む街に電車で向かって、改札を出てすぐに電話をかける。人混みと夜の闇の中に君を見つける。そして君の安心したような笑顔に僕は思わず肩を抱き寄せて、手を繋いで歩道橋の階段を降りていく。早秋の夜風に僕らは冷やかされながら、今日一日の間にあった出来事を大袈裟に話しつつ君の部屋へ向かうのだ。僕と君はエレベーターに乗ると少し静かになって、部屋に入ると同時にキスをする。靴も脱がずにしばらくの間抱き合って、ただいま、お帰りと優しく囁き合うーー

 

明日の仕事までの短い眠りの間に、僕はそんな夢を見られることを天に祈って、窓を開けたままベッドに潜り込むのだ。