何とはなしに、話半分

男子学生の考え事などをお送りするところ。

赤い実を一つ頬張れば

十月。長い間僕らの脳を茹だらせてきた夏の熱はとうに冷め切っていて、代わりに冷たい秋の空気が身を擽る時期だ。

今では台風なんて夏の風物詩でも何でもなく、行楽日和の折に現れては人々に嫌がらせをする秋の災厄になりつつある。

そしてその影に潜むようにして、僕の誕生日が訪れる。それが十月という季節だった。

 

ある日エレベーターに同乗した中年のサラリーマンが同僚の男にこう嘆いていた。

「昔はニュースの台風情報なんて八月に見ていた。今に台風は十一月に来るようになる。」

もしも彼の云うことが事実になったら、僕の誕生日はもう少し温もりに溢れたものになっているのだろうな、と僕は思った。

 

春に大学を卒業し、夏の初めに大学院の休学を決めた僕の秋は真っ白だった。これから先のことを考えていない訳ではないが、何一つ確定した未来などなく、唯一確からしいことはといえば一年に一つずつ僕は年老いていくということだった。

僕はそんな不安を掻き消すように数冊の本を買い求め、這い寄る寒さに捩る身を包むべく、新しい服を探している。

それでも満たされるのはわずかな心の隙間だけで、僕の体はまだ震えを止められない。

 

これはきっと、誰かが隣にいたとしても変わらないのだろう。毎朝僕の隣で目を覚ます人がいてくれたとしても、僕自身は何も変わってなどいないのだから。僕はゆっくりでも進もうとしていた歩みを止めただけで、新しいことは何も始めていない。

それが大事だと言ってくれる人もいるが、僕は時折これで正しかったのか分からなくなる。正しかったのだと思い込まなければ耐え難い不安に飲み込まれてしまいそうだった。

 

相変わらず朝が来ても眠れない僕の体は、夜が更けても動き続けている。まるで休むことを怖れているかのように僕の体は睡眠を遠ざけている。

僕は少しだけでも体を労ろうと、スーパーマーケットで林檎をいくつか買ってきて、それを剥いて食べた。久しぶりに口にしたその実は甘く、ひび割れそうになっていた僕の腹の中を潤していく。

 

僕はまた一つ歳を取る。ここに至るまでに、挫折したことも諦めたことも多かった。けれどまだ、挑戦したいことや憧れることが尽きた訳ではない。

紅い果実を齧り腹を膨らませた僕は、少しだけ顔を上げることができるのであった。