何とはなしに、話半分

男子学生の考え事などをお送りするところ。

金木犀と夏の残り香、まだ少し硬い柿を齧る

今日は朝から天気が良かった。いつもよりすっきりと目が覚めたから、布団を干してシャワーを浴び、久しぶりに散歩に出かけた。

長袖のTシャツを着ていたが、袖を捲っても歩いていると額には汗が滲む。ずいぶんと涼しくなった様に思っていたけど、まだ夏の面影が消え去ったわけではなかったらしい。

 

とはいえ街の景色を見ると、すっかり秋模様だ。太陽の光もどこか黄色がかったような感じがして、柔らかさを湛えている。空の色は夏ほどの鮮やかさはなく、ソーダフロートのバニラアイスが融けてしまった後のような淡く白っぽい水色をしている。冬の空とも違う、この空の色が僕は好きだった。

「天高く馬肥ゆる秋」ということわざがあるけど、僕はこの表現も好きだった。秋のすべてが上手く込められていると思う。

 

僕は一時間ほどかけてゆっくりと歩き、とある大きな寺に辿り着いた。前にそこに来たのはきっと夏の初めの頃だ。境内に入ったのはその時が初めてで、荘厳な外見とは裏腹に烏が多くてがっかりしたのを覚えている。今日はどうだろうか、と恐る恐る石の階段を上り門をくぐると、人影は疎らにあるものの烏の姿は見当たらなかった。

僕は時計回りに境内を一周し、特に何かを見つけられたわけでも、綺麗な景色を見たわけでもなかったけど、満足して正面の階段を下りた。すれ違った猫が欠伸をする。陽だまりに溶け込むような日常の景色だ。

 

僕は家に向かいながら昼食のことを考えた。青果店の横を通りがかって、冷蔵庫の中に柿があったことを思い出す。いつしか僕の思考は昼食を飛び越えて、今夜は秋の味覚を食べようと決めていた。

家に帰ってからはコンビニで買ったサラダを食べ、眠気眼のままパソコンと睨めっこを続けていたが、何をしようにも心ここにあらず、という感じで手につかなかった。そして結局眠気を我慢できずにベッドに横になった。

 

一人ベッドで横になると、寂しいという感覚がふと蘇ってくることがある。ここ一年半くらいはほとんど誰とも寝ていなかったから、すっかり慣れてしまったと思っていても、時折思い出してしまうようだった。

肌寒い時に身を寄せ合えるのは、とても幸せなことだったのかもしれない。好きな人の髪の毛や首筋に鼻を寄せて匂いを感じることも、今の僕にとってはしばらくの間叶わないことなのかもしれない。そう考えると余計に人肌が恋しくなった。

 

僕はタオルケットを抱き込むようにしてうつ伏せになり、昼の眩しさから目を背けた。

隣に誰かいたとしても、今の自分は到底見せたくなかった。誰よりも僕自身が、僕を許せないのだ。

そのまま三十分ほど眠ったようだが、結局睡眠も上手く取れず、かといって集中力が戻ってくるようなこともなく、僕の精神は覚醒と微睡を行ったり来たりしていた。普段は兄から遊びに誘われれば優先的に応じるところだが、今日ばかりは誘いの連絡が来ないことを祈った。適当な理由をつけて断る気力すら浮かばなかったからだ。

 

日が暮れて辺りが暗くなっても、僕はやる気を見出せないままでいた。悪あがきをしようと本を広げてみたけど、何一つ内容が頭に入ってこない。情報が脳味噌に到達する前に揮発してしまうような、そんな感覚だった。

諦めて夕食の支度をし、先月行われていたある競技の世界大会の動画を眺めながら食べた。選手たちが熱くなって戦っている姿も、一か月後の僕にとっては過ぎてしまった夏のように感じられる。結局のところ僕の応援していたチームは、ブラジルのチーム相手に散々なスコアで負けてしまった。

 

僕はパソコンを閉じて椅子の背もたれに深く寄りかかる。今日はもう何をやっても上手くいかない気がした。

相変わらず隣には誰もいないが、それが救いでもあるように思えた。自分の弱さを見られなくて済むし、甘えてこれ以上弱くなってしまうこともない。その代わり強くなれるはずもないことには目を瞑った。

 

気が付けばあと一週間で誕生日を迎える。人生は長いといっても、時間に余裕があると思えるような年齢ではなくなりつつある。特にここ二、三年はそんな焦りに追われている間に過ぎてしまったようなものだ。

いい加減変わらなければ、と思い続けている状態が続いていることが、何よりも良くなかった。

そんな焦りもあったし、実際に自分の進路については考え直す時期に差し掛かっていたから、僕はこの秋からまた新たな環境に身を置くことにした。上手くいくかはわからないけど、何かを始めるきっかけとしてちょうど良かったのだ。

週末までにはスイッチを入れ直すことができるように祈りつつ、僕は皿の上の柿を口に入れた。まだ少し硬く、甘みも少なかった。普通なら残念に思うところだが、僕は少し嬉しかった。裏を返せば、僕の好きな秋はもう少し続いて、今よりも甘い柿を食べることができるようになるのだから。