何とはなしに、話半分

男子学生の考え事などをお送りするところ。

過去に潜り、朝日に託し

僕は最近夢中になっていたアニメを見終わり、次の餌を探し回るかのようにノートパソコンの画面を睨んでいた。

僕が生まれた頃から放送されている古いシリーズ物のアニメを見つけ、僕は懐かしさと娯楽を求めてそれを再生する。ざらついた感のある映像と古臭い効果音が僕を九十年代へと連れ戻していく。そんな様な感覚だった。

 

ふと携帯に目を遣ると、日付が変わるころだというのに珍しく着信が残されていた。そしてその相手には心当たりがあった。僕はすぐに動画の再生を止めて電話を折り返した。しかし別の誰かに電話をかけているようだった。

僕は落胆と安心が混ざったぎこちない笑みを心に浮かべて、携帯を置いてまた動画を再生しようとすると、今度はすぐに相手から着信が入った。僕はそれを受ける。

 

電話の声の主は、僕が思っていた通りの人物であった。彼女は最近何かと僕を頼ってくれるようになった。僕自身がそうなるように行動してきたつもりだったし、それを喜ばしく思っていた。誰かに必要にされる感覚に飢えていたのかもしれない。

 

要するに、近隣から怒鳴り声や物音が聞こえてきて、怖くなって電話をしたとのことだった。怖さが紛れるように僕らは色々な話をした。明日の予定、少し前に見た映画の話、月末に控えた彼女の引越しと、時間軸を自由に飛び回りながら。

しばらく話していると、彼女の声は少しずつ和らいでいき、寝息が聞こえてきた。僕は物音で起こしてしまわないように静かにノートパソコンを開き、ニュース記事を読みながら彼女が完全に寝ついたのを待って電話を切った。

 

決して同じ空間にいたわけではないけど、僕は確かに誰かの心細い瞬間を共に過ごし、そして最終的には眠りに導くことができたのだ。

僕は小さな充足感を胸に、冷めてしまった紅茶を飲み干し、そのままニュース記事を読み漁った。僕の知らないところで、今も政治家や官僚が夜通し仕事をしているのだろう。

そんな彼らもいつかは眠りに就くのだと思うと、彼らも新聞の紙面を埋める文字列ではなく血の通った人間であることが思い出される。僕は彼らのために何をしてやれるだろうか。

 

一度外の空気を吸いに出て、そんなことを考えながら煙草に火を点ける。僕がしてあげられることは、ここにあったじゃないかと思いつく。

僕が煙草を吸う。そして箱が空になって、僕はまた煙草を買う。税金が支払われる。これでいいのだ。

僕は彼らにとってはただの一市民であり、特別な何かではない。彼らの悩みを聞けるわけでも、彼らの疲れを癒せるわけでもない。僕にできることはとても小さい。

だからせめて、この一本は彼らに対する労いの気持ちを込めよう。そんな気分だった。

 

僕はすっかり冷えた体を震わせながら家に戻り、歯を磨いてベッドに潜り込んだ。羽毛布団に包まれた体が熱を再び取り込むまでの間、僕は目を閉じて色々な人の顔を思い浮かべた。

相変わらず僕の隣には誰もいないし、誰に隣にいて欲しいのかも分からなかったけれど、今夜は不思議とそれほど寂しくなかった。

少しの間、誰かの声を聞けたからかもしれない。

 

そんなお礼として、彼女にとって来る日が優しく暖かいものになることを願い、僕は眠りに就くことにした。