何とはなしに、話半分

男子学生の考え事などをお送りするところ。

壁と窓ガラス、そして冷たいサラダ

まだ少し先のことだろうから、と思っていたのに、もう三月も終わりに差し掛かっている。僕はまた決断を先延ばしにして、惰性と慣性のままに時を過ごしていた。

大学院を休学して、半年が経った。僕は何かを変えることも、何かを決めることもできず、そして何かを続けることもできなかった。

 

誰かと会うことも少なくなり、液晶画面と向き合うだけの日々を暮らし、誰もいない部屋の中で僕は今も尚もがいていた。

この半年間、いや一年間で得られたものはほとんど無かったけれど、失ったものはいくつかあった。形だけ続いていた恋人と漸く別れたし、とても良くしてくれていた職場を離れることにした。

前に進むため、といえば聞こえは良いかもしれないが、単に終わりが来たというだけのことだった。

 

暖かくなっても僕は冬用の布団に潜り込んで、朝日が昇ってくることに怯えたままだった。

何かを飲み込み続けていないと喉が詰まってしまいそうだから、僕は実に色々な飲み物を胃袋に流し込んだ。いつも通りのコーラや紅茶に加えて、エナジードリンク、野菜ジュース、オニオンスープ……

一日あたりのカフェインの摂取量だったら町内一になれたかもしれない。そんなくだらない記録を伸ばし続け、僕の胃には様々な液体が春に吹く風のように荒々しく流れ込んでいた。

 

ここのところ、僕の意思や選択はすべてが裏目に出ていたように思える。僕がパソコンを買い換えようと思えば店頭からグラフィックボードが消え去り、外に煙草を吸いに行こうとすれば冷たい雨が降り始める。そんなことばかりだった。

かといってやりたくないことをやらずに済む、ということはなく、僕は工場のベルトコンベアに流されるようにして四月へと進んでいた。四月が来れば授業が始まり、またたくさんの文字に溺れるような生活が待っているのだ。

 

僕は昨日観に行った映画のワンシーンを思い出す。主人公の少年とその友人の少女が、同じベッドの上に背中合わせで横たわっていた。肩が触れ合うかどうかという距離の緊張感がスクリーン越しでも伝わってくる。もう久しく味わっていない感覚だ。

気付けば僕はいつの間にかすっかり孤独に慣れてしまっている。肩を寄せて眠る相手がいないことも、目覚めた時に隣に誰もいないことも、今の僕にとってはそれが普通になっていた。この一年間で僕の生活は反転してしまったみたいだった。

初めのうちは、寂しいながらも快適だった。狭いベッドを独り占めできるし、酷い寝癖を見られることもない。眠れなくても、電気を点けてゲームをしたり、本を読んだりすることができた。誰にも気遣うことなく、僕はやりたいことを好きなだけできた。

そうしている間に僕は誰かと一緒にいることの暖かさや心地よさを忘れ、暗く冷たい雪穴に潜り込んでいくようにして孤独を肺いっぱいに吸い込んだ。もう僕は暖かな日向に戻ることが怖くなっていた。一度戻ってしまえば、僕の周りにある張り詰めた氷が融けて消え、僕は僕の形を保てなくなってしまいそうだった。

 

暗闇に閉じ籠っていたいと思う僕の弱さは、誰にも伝わることなく部屋の中で燻り続け、埃となって床に積もっていく。

僕はそれを掃き捨てることもせず、淀んだ空気と一緒に吸い込むせいで鼻を詰まらせる。味も匂いも、窓ガラス越しに見る景色のようにぼやけて感じた。

 

昨日見た映画のように人々がいなくなった世界に思いを馳せ、今とそれほど変わらないかもしれないと妙な親近感を覚えつつ、僕は夕食の冷たいサラダを冷えた体で噛み締めていた。